もともと庭坂発電所は、日本で2番目、福島県で最初の商業用水力発電所です。1895年、「福島電燈株式会社」が水力発電所を造り電気を供給したのが始まりでした。この福島初の電気事業を達成するために尽力したのが長崎県出身の菅原道真の末裔と言われている菅原道明です。1893年、菅原は、教員を務めたあと新聞社・貿易会社を経て来福しました。彼はいち早く電気事業に着目し、水力発電所に適した地を探し歩き、水系のある山野、信夫郡庭坂村(現福島市)清水原地内阿武隈川支流須川の、そのまた支流の天戸川上流に適地を見つけます。菅原は、福島町の有力者の協力を得て出資者を募り、水力発電所建設に着手します。この間水利関係町村の説得などの困難も克服し、1895年4月には福島電燈発起人総代会を開催し福島電燈を創立。同年11月27日、本営業に入りました。
発電所は水路式で出力は30kW。約15km離れた福島町に2,500Vという当時としては珍しい日本で一番の高圧送電が行われました。契約していたのは453灯にすぎませんでしたが、同市北町に設置された街灯周辺は、当時の新聞に「さながら不夜城と化し」と報道されました。翌年には60kWに増強され、さらに1908年に増設をして100kWとなりました。福島電燈は1904年6月、同じく庭坂に第2発電所を建設し出力270kWを発電。両発電所は、1941年公布の配電統制令に基づいて1942年に設立された東北配電株式会社に参加出資し、さらに戦後の電気事業再編成により1951年に発足した東北電力(株)に継承されましたが、保守・運転経費の高騰などから1975年10月31日に廃止されました。
再び庭坂発電所が脚光を浴びるのは、自然エネルギーが重要視されるようになった1980年代のこと。水力エネルギーの開発を推進するために創設された国の中小水力発電開発費補助制度をもとに福島県企業局が4番目の県営水力発電所として旧庭坂発電所の500m下流に出力を1,500kWに拡大し、建設、2001年4月に運転を開始しました。2004年、電力自由化の開始に伴う県の事業見直しで、電源施設すべてを2005年4月東星興業が譲受し、2015年7月より社名を変更し、東北自然エネルギーが引き継いでいます。
阿武隈川水系の支流天戸川は、総延長約10kmあまり、標高差は約600mを流れ落ちるほどの急流で上流部は急斜面に囲まれた渓谷です。庭坂発電所は、この阿武隈川水系天戸川の中流部に位置し、国土交通省所管の天戸川第一砂防ダムより、沈砂池水位の調整により取水し、延長987.263mの導水路・ヘッドタンク及び延長813.134mの水圧管路を経て、落差111.20mを利用して最大1,500kWの発電を行い、天戸川に還元放流する水路式発電所です。庭坂発電所は、2013年3月1日、FIT電源に認定されています。